2013年11月20日水曜日

Part6



前回(2013/10/24)の授業でのアドバイス

もっと複雑にした方が良い。

発見するかどうか分からないけど、僕がまず誰かが発見する可能性のあるポケットを色んな所に作る。これが資料A。気づくかどうか分からないけど、あるとする。いまテクストAが見つかった。このテクストを介してポケットAを見るとそのポケットAの意味がわかる。でも、もっとたくさんテクストがあった方がいい。そしたら、このポケットはトオル君以外の人の物にもなるかもしれない。数年後にポケットとテクストが見つかったとする。そうなると面白くなる。

展示するとしたら本になる。
ジャンルの違う文章も書く。全部、ポケットについて書かれている。






「ポケットと皺」その2

コトミは新宿駅から徒歩15分の大手建築事務所にCADオペレーターとして勤めていた。毎日、山程の図面作成や修正をこなし、上司からの細かいチェックにも対応し、最終電車で帰宅することがほとんどであった。事務所に寝泊まりすることもあった。入所してから5年が経ち、精神的な疲労が限界に達し、仕事のスピードも入所したての頃と比べるとだいぶ遅くなり、毎日のように上司から怒られるようになった。

そんな毎日の繰り返しで、半年程前から統合失調症の一症状である関係妄想を抱く様になった。人の瑣末な身振りや言動、そして身の回りの物の色が気になって仕方なかった。コトミは混乱していた。一見無関係なものを関係あるものとみなし、それらが自分を威嚇する様なメッセージを持っていると考える様になってしまった。例えば、誰かが咳払いをすれば、自分の仕事が遅いことを忠告されているに違いないと感じ、誰かがヒソヒソ話をしていれば、きっと自分の陰口が言われているに違いないと、思い込む様になってしまっていたのだ。終には、事務所内の皆がこぞって口裏を合わせて自分を欺こうとしている、といった妄想を抱くまでになった。しかし、そんな妄想が彼女にとっては「現実」だった。

些細なことが気になってしまうコトミには、最近どうしても気になって仕方ないことが、ひとつあった。それは毎朝の通勤時に通りがかる新宿の地下道にあるポスターボードのわずかな色の違いとほんのわずかな膨らみだった。ある日、帰宅時にどうしても気になったので、勇気を出してボード横の隙間から手を入れると、中から一冊のノートが出て来た。表紙には、「日記 葉山トオル 20124月〜11月」と書かれていた。人通りの多いこの地下道でそれを読むのはためらいを覚えたので、スッとバックの中に入れ持ち帰った。新高円寺のアパートに帰宅するとすぐにノートを取り出し読み始めた。日記のほとんどが職場の不満やグチだったが、目に止まったのが、2012610日(日)の日記だった。
 
2012610日(日)
 友人の誘いで、明清院という宗教セミナーに参加した。 
 2時間教えを聞き、1時間お祈りをした。
 退屈な日々の中で、何か救われる思いがした。 
 宗教というものには、疑問を持つが来週も参加してみようと思った。

2012617日(日)の日記にも目を通してみた。

 2012617日(日)
 明清院に行った。
 また、2時間教えを聞き、1時間お祈りをした。
 腹の底からスッキリした。
 世界観が広がる思いがした。
 けれど、集団で盲目的に何かを信じるといった宗教というものには、疑問が
 残る。
 
職場で集団的いじめを受けているという妄想を抱いていたコトミは、その発端は所長だと信じていた。所長は、自分を辞めさせるために、所員にコトミが困る様なことをするよう指示しているのだと思っていた。そんな、所員の皆が所長の命令を聞いて実行に移している状況に、宗教性の様なものを感じていた。なので、コトミはトオルの日記の「集団で盲目的に何かを信じるといった宗教というものには、疑問が残る」という一文に強く共感した。2012624日(日)のセミナーを最後に明清院に行くのを止めたと、日記には記してあった。トオルの日記を読んで、コトミは事務所を辞めることを決心した。次の日、コトミはお礼の手紙を添えて、トオルの日記帳を元のポスターボードの所に戻し、辞表を提出した。

近頃、体が怠く、頭の混乱も抑えることができなかったので、精神科に行って診てもらった。統合失調症と診断された。コトミは、トオルに習って、この統合失調症の体験と闘病生活を綴った日記を書いてどこかに隠そうと考えた。もしかしたら、自分の様に誰かが発見し、その人のためになるかもしれないと思った。4ヶ月後、日記をノート一冊分書き終えたので、「日記 児島コトミ 20132月〜6月」と表紙に書いて、新宿地下道のトオルのポケットに仕舞った。